建築鉄骨の溶接技術に関する総合レポート

建築鉄骨の溶接技術は、建築物の安全性と耐久性に直接影響を与える重要な要素です。本レポートでは、建築鉄骨に用いられる溶接技術の基本から最新の動向まで、総合的に解説します。

建築鉄骨溶接の歴史と重要性

建築分野における電弧溶接(アーク溶接)の歴史は比較的新しく、日本に伝わったのは明治37年(1904年)です。当初は鋳鉄の修復に使用されていましたが、建築分野で実用化されたのは大正14年頃からで、日本郵船ビルの補強工事の一部に使用されました4。建築鉄骨の接合は長らくリベットが主流でしたが、昭和40年代に入ると溶接や高力ボルトへと大きく転換していきました4

建築鉄骨における溶接は、建物の耐震性能を左右する極めて重要な技術です。特に地震時に最も大きな応力を受ける梁や柱の端部は、溶接接合により形成されるため、建物の耐震性能は溶接接合部の性能によって左右されると言っても過言ではありません11

建築鉄骨に用いられる鉄材と溶接特性

溶接に適した鉄材の選定

鉄は基本的に溶接がしやすい金属に分類されますが、種類によって溶接の難易度が異なります。鉄に含まれる炭素量が多いと硬度が上がり脆くなるため、溶接時の急激な温度変化によってさらに硬化し、溶接割れが生じやすくなります2

溶接に適した鉄材としては、炭素量の少ない低炭素鋼が推奨されます。代表的なものとして以下が挙げられます:

  • SS材(一般構造用圧延鋼材):炭素量が約0.3%以下で、SS400は代表的な材料で流通量も多い
  • SM材(溶接構造用圧延鋼材):溶接に最も適した材料で、船舶でよく使用される2

また、近年では溶接性向上のため、TMCP(Thermo-Mechanical Control Process)技術を用いた鋼材も開発されています。これらの鋼材は、熱影響部のじん性向上技術として、低成分化やマイクロアロイング技術、鋼板成分の低Si化や低P化の複合化により、溶接部の性能向上が図られています196

主要な溶接方法と適用

建築鉄骨で一般的に用いられる溶接法は、主に以下の3つです。

被覆アーク溶接

被覆アーク溶接は、芯線に被覆材を塗り固めた溶接棒を用いて溶接を行う方法です。被覆材には、溶接金属の融点を下げるフラックスやアークを安定させる酸化物などの成分が含まれています3

溶接棒が少しずつ短くなるため、先端を材料に近づける操作が必要です。また、電流が大きすぎても小さすぎても欠陥が出やすくなるため、経験と知識が重要となります2

MAG(マグ)溶接

MAG溶接は、被覆アーク溶接棒に代わり、コイル状に巻かれたワイヤーを電極に使う溶接法です。発生したアーク熱でワイヤーと金属を溶かして溶接します2

ワイヤーは機械で自動的に送られ、母材への溶け込みも深いので作業はしやすいです。ただし、風によりシールドガスが乱れると溶接不良を起こす可能性があるため、外での作業には注意が必要です2

TIG(ティグ)溶接

TIG溶接は、電極にタングステンを、アルゴンガスなどをシールドに使用する溶接法です。電極と金属材の間に、気体放電現象(アーク)を発生させて行います2

鉄の場合は必ず直流を使用する必要があります。スイッチひとつで切り替えられる溶接機が多いので、注意が必要です2

その他の溶接法

特殊な溶接法として、サブマージアーク溶接やエレクトロスラグ溶接なども用いられます。これらは主に鉄骨製作工場で柱の製作などに使用されます15。サブマージアーク溶接は、母材と溶接ワイヤの間にアークを発生させ、粒状のフラックスで溶接金属を保護しながら溶接を行う方法です3

建築鉄骨の溶接工程と部位別技術

工場溶接と現場溶接

鉄骨工事は大きく分けて「工場溶接」と「現場溶接」の2つに分類されます。

  1. 工場溶接:柱および梁の製作を行い、現場での接合をしやすくするためにブラケットを柱に溶接する
  2. 現場溶接:工場で製作された部材を現地で接合する15

部位別の溶接技術

柱の製作

柱の製作は、梁貫通方式と柱貫通方式で溶接法が異なります。梁貫通方式では炭酸ガスアーク溶接が主に使用され、特に近年はロボットとの組合せが多用されています。一方、柱貫通方式では主にサブマージアーク溶接とエレクトロスラグ溶接が用いられます15

梁の製作

梁はH形鋼が用いられる場合が多く、ビルトHの場合は、すみ肉溶接にサブマージアーク溶接もしくは炭酸ガスアーク溶接が用いられます。H形鋼にスティフナーを接合する場合は、炭酸ガスアーク溶接が多く使用されます15

現場での柱梁接合

現場ではH形鋼のウエブを先にボルト・ナットで締結し、その後上下のフランジを炭酸ガスアーク溶接する混用接合方式が多く採用されます15。また、柱同士の接合も階が上がる毎に必要となり、ほとんどが炭酸ガスアーク溶接で、姿勢は必ず横向となります15

溶接部の種類と施工要件

完全溶込み溶接

完全溶込み溶接は、部材の両面から溶接する場合、表面から溶接を行った後、健全な溶着部分が現れるまで裏はつりを行い、裏はつり部を十分に清掃した後、裏溶接を行います。ただし、サブマージアーク溶接で十分な溶込みが得られることが確認できた場合は、裏はつりを省略することができます20

溶接部の余盛りは、緩やかに盛り上げる必要があります。余盛りの高さはJASS 6付則6「鉄骨精度検査基準」の規定に従います20

隅肉溶接

隅肉溶接とは、2つの母材の接合面をT字型に重ねて接合する溶接法です。隅肉溶接には、片側隅肉溶接、両側隅肉溶接、カバーフロー隅肉溶接などの種類があります3

溶接品質管理と検査

検査のタイミングと方法

溶接部に対する非破壊検査は、以下の4つのタイミングで適用されます:

  1. 溶接前:開先形状・寸法、開先面の状態などを確認
  2. 溶接施工中:初層の形状や溶込みの状態を確認
  3. 溶接完了後:外観、余盛の形状・寸法、アンダカット、脚長などを確認
  4. 溶接構造物の稼働中:疲労割れや応力腐食割れなどの検出8

主な非破壊検査方法としては、磁粉探傷試験(MT)、超音波探傷試験(UT)、浸透探傷試験(PT)などがあります8。特に遅れ割れの恐れがある材料の場合は、溶接完了後、最低24時間、場合によっては72時間経過してから非破壊検査を行う必要があります8

鉄骨組立工事における品質管理

鉄骨組立工事の品質管理は、材料の段階から始まります。以下のポイントが重要です:

  1. 材料の検査と管理:鉄骨部材やボルト、溶接材料などのすべての資材が規格に適合しているかの確認
  2. 組立精度の確認:寸法管理、直線性・垂直性の測定、仮組み確認
  3. 溶接の品質管理:溶接条件の確認、非破壊検査、溶接者の資格確認
  4. ボルト締結の管理:締付トルクの管理、ボルトの種類と使用箇所の確認
  5. 現場での環境管理:天候対策、照明の確保、作業員の体調管理7

溶接欠陥とその対策

主な溶接欠陥

鉄の溶接で起こりやすい主な欠陥は以下の3つです:

  1. 溶込み不良:設計上溶け込まないといけない箇所が溶け込まず、不完全になった状態。表面からはわからないため厄介な不良
  2. ブローホール・ピット:溶接した箇所の内部にできる空洞(ブローホール)、空洞が表に現れた状態(ピット)
  3. 溶接割れ:溶接した部分が割れる欠陥で、最も重大な欠陥。高温割れと低温割れの2種類がある2

欠陥対策

各欠陥への対策は以下の通りです:

  • 溶込み不良対策:十分な熱量を加える、トーチで狙う位置を外さない、開先角度を適切に保つ
  • ブローホール・ピット対策:シールドガスを適切に保つ、母材の汚れを除去する、屋外では風に注意する
  • 溶接割れ対策:適切な材料選定と溶接条件の管理2

溶接技術者の資格と教育

AW検定制度

建築鉄骨溶接技能者の認定制度として、「建築鉄骨溶接技術検定(AW検定)」があります。これは一般社団法人AW検定協会が年に一度行う認定資格で、建築鉄骨溶接分野で高水準な溶接作業者であることを証明するものです13

AW検定は各種検定の中でも難易度の高い試験の一つとされており、合格の秘訣は練習と練習後の外観・溶込み状況の確認を行うことです17。建築鉄骨の溶接は、建築特有のディテールとその複雑さから、高度の技術を要求されるため、これらを考慮した技量付加試験が実施されています1

最新の溶接技術と今後の展望

自動溶接技術

近年、溶接量が多い大型鉄骨柱を対象とした自動溶接ロボットの開発が進められています。例えば、開先形状計測、溶接、スラグ除去の一連のフローを最終層まで全自動で繰り返すことができるマニピュレータ型現場溶接ロボットが開発されています9

このような自動溶接技術により、熟練技能者と同等以上の高い品質を確保しながら、昼夜連続作業が可能となり、生産性の向上が図られています9

狭開先溶接技術

鉄骨造建築物の安全性向上に資する技術として、狭開先溶接技術の開発も進んでいます。従来の溶接開先角度35度に対して25度の狭開先を適用することで、溶接量を約30%低減する技術が確立されています10

これにより、柱製作精度の向上、溶接時間の短縮、溶接材料やシールドガスの低減などが図られ、製作効率の向上、環境負荷の軽減が実現されています10

結論

建築鉄骨の溶接技術は、建築物の安全性と耐震性を確保する上で極めて重要な要素です。適切な材料選定、溶接方法の選択、品質管理と検査の実施が不可欠です。また、技術者の育成と最新技術の導入により、より高品質で効率的な溶接施工が可能となっています。

今後も、自動化技術のさらなる発展や新材料の開発により、建築鉄骨の溶接技術はさらに進化していくことが期待されます。特に熟練技能者の高齢化や若年層の減少に対応するため、AI技術を活用した溶接品質の自動判定システムや、より使いやすい自動溶接装置の開発が重要な課題となるでしょう。建築鉄骨の溶接技術の発展は、より安全で強靭な建築物の実現に直接貢献していくものと考えられます。

Citations:

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  78. https://www.lab.kobe-u.ac.jp/arch-kussl/research/
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建築鉄骨業界に10年以上所属(Hグレードの鉄工所)。鋼構造物に関する現場管理、製作、工務、品質検査など幅広く関わる。様々な相手に関わっていくうえで、【知ったつもり】になっている人があまりにも多く、また世の中にも詳しいかつわかりやすい情報が出回っていないことからかなり閉鎖的な業界と感じる。そういった経験から、整理した情報を発信する事が大切と感じるようになった。